【旅行と歴史】平賀源内の墓(東京都台東区・浅草) YouTube、浅草、奥浅草、江戸

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【旅行と歴史】平賀源内の墓(東京都台東区・浅草)土用の丑
江戸の発明家、平賀源内の墓まいり。田沼意次が権勢を誇っていた時代、平賀源内はその才能を見出され、さまざまな事業に取り組みました。時の秋田藩主も、平賀源内を師として敬いました。才能豊かで、何をやらせても達者。才能があり過ぎて、好き・やりたいまで時間が回らない。最期は 刑務所に入り、ほどなくして 亡くなりました。人々...

ちょっと一言

江戸の発明家、平賀源内の墓まいり。

田沼意次が権勢を誇っていた時代、平賀源内はその才能を見出され、さまざまな事業に取り組みました。時の秋田藩主も、平賀源内を師として敬いました。

才能豊か、何をやらせても達者。

土用の丑の日とは、平賀源内が考案したと言われています。流行りや人の心理を見極め、今で言う トレンド を沢山作り上げました。

才能があり過ぎて、好き・やりたいまで時間が回らない。最期は 刑務所に入り、ほどなくして 亡くなりました。

彼の人生は、才能に恵まれた悲しい人生 だったかもしれません。 (´༎ຶོρ༎ຶོ`)

人々から才能を惜しまれ、周囲は彼を助けようと奔走したのですが、彼を生かすことは出来ず・・現代を生きる私にとって、感慨深い旅となりました。

ロシア語

«день быка и угорь» 

”Доё но уми”
Я часто хожу в предков к могилам исторических личностей.
Этот день я посещала на могиле Хирага Гэннай.
Кроме этого есть интересная история о происхождении этой поговорки.
В старой столице Японии Эдо находилась закусочная «Харуки я», где готовили блюда из угря.
Однажды один даймё феодальный заказал в «Харуки я» так много «куба я ки», что за один день невозможно было всё приготовить.
Они готовили «каба я ки» три дня : в день «нэ» (день мыши) , день «уси» (день быка) и день «тора» (день тигра) перила «доё» и сохраняли их в прохладном погребе.
Когда в назначенный день достали «куба я ки», оказалось, что только приготовленное в день «уси», осталось свежим, всё остальное испортилось.
Поэтому, говорят, с этого времени начали ест «куба я ки»в день «уси» периода «доё».

《丑の日と 鰻》

”土用の丑”

私はよく、歴史上の偉人の墓参りへ行きます。
この日は、平賀源内の墓へ行きました。
土用の丑の日とは、彼が考案したと考えられているからです。
この他にも、この慣用句の由来について、こんな面白い話があります。
昔の日本の都だった江戸に「春木屋」という鰻屋がありました。
ある時、大名から多量のかば焼きの注文がきました。
量が多くて壱日では作れないので、土用の子の日、丑の日、寅の日の3日間で支度し、涼しい穴蔵に保管しました。
約束の日に出してみると、丑の日に作った蒲焼きだけが傷んでおらず、他は全てダメになっていました。
それ以来、土用の丑の日に蒲焼を食べるようになったと言います。

場所

平賀源内の墓
住所:東京都台東区橋場2-22−2

交通アクセス
【電車】
浅草駅下車 徒歩15分
日比谷線 南千住駅 徒歩12分
つくばエクスプレス線 南千住駅 徒歩14分
【バス】
北めぐりんバス(台東区)「橋場一丁目」下車  徒歩4分

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