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浅茅ヶ原の一ツ家
その昔、ここは 浅茅ヶ原 (あさじがはら) と呼ばれ、草むらと大きな池、その中に一つ 家が在った。
奥州(東北)・日光(北関東)の分かれ目となり、多くの旅人が訪れた。
美しい娘と老婆が暮らす、一ツ家。
「草むらで寝ては疲れが取れぬ。宿を借りてもよかろうか」と、旅人。
周辺を流れる隅田川に、まだ橋は架かっていない。
「北へ行くかね、川を渡るなら今夜は休んでいかれ」と、老婆。
ほとほと歩き疲れた旅人は、一ツ家でくつろぎ、ひと安心。
「この辺、草で汚れましょ。今のうちに洗って干しなせ」
老婆の勧めに従い、旅人は身に付けていた衣服を干しておく。
「莚(むしろ)で 横になったら楽さぁ」と、娘。
莚の上に置かれた石を枕に、旅人は深い深い眠りにつく。
老婆は 起きぬ旅人の頭を目がけ、石を落とす。
娘は 旅人の身体に、莚を覆い被せる。
この2人、罪を重ねてだんだん分かるようになってきた。
人頭の骨は、硬くて割れぬ。
慣れぬ内には、2人がかりでやっとこさ。
確実に殺らねばならぬ。誤れば返り討ちに遭うだろう。
石を落とせば 当然、的が外れやすくなる。
ならば人頭を挟む、石を鋭くすれば良い。
大きな石を運ぶのは大変だが、平たい石ならそれほど苦労しない。
高く天井から、石枕を目がけ、ドオンッと 石を落とす。
重みに速さが加わり、人頭をかち割る。
人頭から吹き出る血しぶきは、勢い余って天井まで跳ねる。
莚(むしろ・昔の寝具で藁敷)で覆えば、血は飛ばぬ。
くるまった身体から、どんどん血が流れていく。
たっぷりと血を吸った莚ごと、死体を池まで引っ張ってゆく。
沈めてしまえば、埋める手間もない。
血の固まらぬ内に流せば 石枕、跡も残らぬ。
こうして、2人は旅人から金品を奪い続けていた。
ある日。
美しい若者が 宿を求め、一ツ家を訪れてきた。
この若者、見た目だけでなく、心まで美しい。
その気高さに惹かれた娘は、若者と離れたくないと考えた。
思い悩んで、娘は老婆に問う。
「なあ、ここを出ても良いか」
「何を言う、出てどうする」
老婆は、娘の話を聞き入れない。
ここしか知らぬ者が、出て何するかなど考えられぬ。
深夜。
娘の姿は見えぬが、そんな日も時々あった。
今宵は、1人で良かろう。
いつもの通り、寝入る若者。
莚にくるまった石枕。
実は娘、若者の心に触れて罪を恥じ、身代わりを決めた。
当然のこと、何が起こるかを知っている。
それ、老婆は 頭の上に石を落とす。
ぎゃっ、娘は 石が落ちるその瞬間、叫び声をあげた。
老婆 は 声の主 に気が付き、割れた頭の元に駆け寄る。
眼を見開き、恐れおののいた表情の娘。
先ほどまで血の巡っていたであろう白い脳みそが、むき出しの姿。
頭の骨は粉々に砕け、血しぶきは止まらず 老婆の身体に降り注ぐ。
生温かい娘の血は、今まで奪った命の重さを伝えていた。
娘を殺し、初めて老婆は罪を知る。
その後まもなく、老婆 は 池 に身を投げた。
池に引きずられるようにも見えたと言う。
若者は、この哀れな人生を書き残していく。
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