LGBTQ:ryuchell(りゅうちぇる)の死①

心理学

写真はそのうち差し替えます

わたしのこと

太平洋戦争に深く関心があり、沖縄戦を独自に追い続けている、東京在住の みやびと申します。

沖縄とりゅうちぇる

沖縄出身のタレント・ryuchell (以下、りゅうちぇる)が亡くなって1ヶ月が経ちましたね…

りゅうちぇるは好きなタレントの1人だったので、たいへん強いショックを受けました。

私と、りゅうちぇる…

私は歴史好きで、幕末と太平洋戦争に関心が強く、戦争期では特に特攻隊と沖縄戦を追っています。

そんな私がはじめて沖縄へ行き、帰ってきたばかりの頃。

すっかり文化と歴史の美しい沖縄に魅せられ、また平和記念公園で出逢った おばあの言葉に感動して、、

沖縄の方言を聴きたくて堪らなくなり、YouTubeで探しました。そして見つけたのが、りゅうちぇるのミーカーシリーズ。

沖縄ヤンキー&沖縄ギャル(ミーカー)
作成した動画を友だち、家族、世界中の人た...

りゅうちぇるがアップする動画の中に、沖縄の言葉で話すシリーズを見つけ、何度も何度も見返しました。

私にとってりゅうちぇるは、沖縄弁の師匠、沖縄人代表みたいな人物でした。

みやびとLGBTQ

死を知ったあの日。初めは受け止められず、ネット記事やテレビを見たりして、、

私はですね、まだ10代の頃に『おかまバー』でアルバイトした事がありました。

当時、『熱血島田塾』という島田紳助さんの番組にレギュラー出演させてもらっていた おなべちゃんが居て。

※おなべ とは、男の心で女の身体を持つ人を指します☝️

おなべ をオープンにしている人はまだまだ少数で、その人の元からの友人や、テレビを観て知ったおなべと言う共通点を持つ人達が多数、その人に会うため店に来ました。

さらに、おかまママ達の繋がりも狭くて深くて、私はLGBTの方々とプライベートでも随分と交流させて頂き、色んな話を聞かせてもらいました。🏳️‍🌈

りゅうちぇるの考え方

その人達が語り聞かせてくれた心の内を軸に、りゅうちぇるが亡くなった理由を想像してみました。しばらくの間…

結局は、本人に聞かなきゃ分からない。或いは本人でも自分が分からないかもしれません。

想像の域を超えないし、勝手な思い込みかもしれませんが、りゅうちぇるを思い出して、この世に居たあの人の人生を考えていたいので、書いてみます📝✨

りゅうちぇるが言っていたとされる発言の中に、こんな言葉がありました。

夫で居るのが辛いと妻ペコちゃんに打ち明け、夫婦2人の在り方を話し合った時のこと。

ペコちゃんは、こどものために親はこうあるべき!みたいな価値観を持っていました。

それに対して、りゅうちぇるは
親がハッピーで居なきゃ、子どももハッピーになれなくない?」と返したそうです。

2人は話し合いを重ねて、着地点を決めて、籍は抜くけど同居して子どもを育ててゆく… って感じの答えを出しました。

りゅうちぇるを批判し続ける人達の多くは、ペコちゃん可哀想💢なんて言っていますけどね。

私は… 大切な人を失ってしまった今はペコちゃんお気の毒、可哀想、悲しいだろう、と思いますが、、

子どもを引き合いに出して、我慢させるのは好きじゃありません…

ペコちゃんの素晴らしさは、性別も含めた自分自身に苦しみ、生きづらさに苦しんだりゅうちぇるの理解者で有り続けようと努めた姿。

これこそ、評価されるべきなんじゃないかと思っています。そして、まだ幼い息子にも伝え続ける誠実さも。

性別への苦しみ

私には、タケちゃんと言う友達が居ました。

タケちゃんは、高校を卒業して直ぐ、新卒で地方の郵便局に勤め始めました。

学力は十分だったものの、シングルマザーの母と仲良しの妹と3人暮らし。進学を諦め、郵便局で内勤の仕事に就いたのです。

第二次ベビーブーム世代に生まれ、地方の片田舎で育ちますが、物心ついた頃から恋愛対象は常に女性だったそう。

時代もさることながら、田舎では性的マイノリティは一切認められない社会だったようで、、

タケちゃんは、たいへん生きづらい思春期を乗り越えます。

そして自分の在り方に疑問を持ちつつ、郵便局では女性用の制服を着て働きました。

ある程度のまとまったお金を貯めた後、タケちゃんは関東進出を決意します。

バイクが好きで、レーサーを目指して上京してきた、と私に話してくれました。

しばらくして、この町で素敵な女性に出逢い、恋をしたタケちゃん。彼女は不倫の恋に傷つき、タケちゃんに苦しみを打ち明けます。

そんな彼女に対して、タケちゃんはいよいよ自分の想いを伝えると… こんな答えが返ってきました。

私と付き合いたいなら、誰が見ても男の出立ちをしていて欲しい

その言葉をキッカケに、タケちゃんは自分を変える決意を固めます。

ショートカットを刈り上げ、1人称は 自分〜 に。彼女とは何年もお付き合いが続きましたが、別れた後もタケちゃんは戸籍上の名前を男性名に変えたり、男性ホルモンの投与を始めていました。

タケちゃんと言うのは名字から派生したアダ名で、本名はアキラと言います。

地方在住のタケちゃんの妹さんにも会わせてもらった時、彼女がタケちゃんのことをアキラ、アキラと呼んでいたのが印象的で…

タケちゃんの生き方を、お母さんも妹さんも、認め支えて、応援していたから良かったのだと感じましたよね!

私と、私の親友であり共通の知人であるモモちゃんは、本人の前ではタケちゃんと呼びつつ… 裏では コボちゃんとも呼んでいたり。アハ😆

髪型が、コボちゃんカットだったので、つい…笑

この、ホルモン剤投与の話。

男性が女性ホルモンを投与するより、女性が男性ホルモンを投与する方が、比較的に楽だと言いますが…

いずれにせよ自分の望む性を手に入れる苦労は、並大抵のものではありません。

タケちゃんのホルモン剤投与が始まった頃、そばに居た私達は、タケちゃんの不安や悩みを打ち明けてもらっていました。

りゅうちぇるの死を探る話は、part2へ続けます。

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