【女一人旅】飛んで埼玉(埼玉県深谷市) 中の家、青天を衝け、渋沢栄一

旅行と歴史

青淵(せいえん)翁 生誕之地、中の家(なかんち) に来ました!!

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平日でも 人をちょこちょこ見かけましたが、ポーズ決めてるのは私だけ。勇気のある人はぜひ 真似してください。

SNS で「中の家(なかんち)行ってきた」の投稿を見る度、私も絶対行こう!と決めていた 渋沢栄一 ゆかりの地。小さな夢が 今、叶いました!

中の家(なかんち) とは

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中の家 (なかんち)

大河ドラマ ”青天を衝け” を見ている方はご存知の通り、渋沢栄一はこの ”中の家(なかんち)” で生まれました。一族の真ん中(本家)に位置し、中にあるので ”中の家(なかんち)” 。前にあるのは ”前の家(まえんち)”、”遠前の家(とおまえんち)”、”西の家(にしんち)”、”東の家(ひがしんち)” など。裏の家(うらんち) は無いです、川ですから。サザエさん家ならおじいちゃんおばあちゃんが居ますけどね。

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この渋沢栄一の ”中の家(なかんち)” が 渋沢家 本家 ですが、大河ドラマで「(伯父の)宗助さんの方が金持ち」と出てきます。宗助さんは ”東の家(ひがしんち)” の当主。 この家は 商売上手 だったようで、本家を超える金持ちとなっていきました。宗助伯父さんが ”東の家(ひがしんち)” の長男、渋沢栄一の父・市郎右衛門が三男。そして渋沢栄一の母・えいが ”中の家(なかんち)” の娘 で、ここに とっさま (市郎右衛門) が婿入りし、東の家に次ぐ 財産を築いて再興させたそうです。とっさま(渋沢栄一の父)は リアルすごい人。ドラマの世界がここにある~っ(泣)と感動しましたよね。ちなみに市郎右衛門とは中の家当主の名前であって、栄一の父は ”新七郎(安邦/元助)” と言います。そして、”東の家(ひがしんち)” のやゑ さんが 尾高の家に嫁いで、あにい や 長七郎 や お千代 平九郎 を産んでいます。

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中の家(なかんち)の商い

そんな渋沢家は生産と販売、農業工業 を営んでいました。

⑴養蚕、⑵染料(藍玉)、⑶雑貨、⑷質屋 の4つです。

この埼玉県深谷市血洗島辺りは 利根川のすぐそばにありまして、土に砂が交じって米が採れない土地なんですね。

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※国土交通省HP より(東遷 前)

渋沢家は考え考え、砂礫(されき)の土地に適した桑の木で養蚕を始めました。桑の葉を食べるのは お蚕様、つまり絹(シルク)製品の産業です。また、絹だけでなく木綿関係も手がけます。それが 木綿の染料となる 藍玉 です。藍の葉を発酵させ丸く固めて販売し、血洗島はお金持ち~!になっていきました。江戸まで運ぶのも 川の水流 使って 楽に行けますからね。田んぼ自体はわずかしかないので、石高(米で表す給料)は さほどじゃないのですが 年貢はかなり納めていたのです。わぉ。

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「悪いなのび太、これ三人乗りなんだ」とは言わずとも、地元の名家・ポスト スネ夫 が 渋沢家。のび太がスネ夫を羨ましく思うような豪邸です。渋沢家、3人どころか 100人乗っても大丈夫な感じがしました。

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青淵(せいえん) とは

青淵” ってなんだろう? 読めない・・これが私の感想でした。渋沢栄一 の史跡を訪ねてみると、あちこちに ”青淵” の文字を見かけます。

なぜなら、渋沢栄一の雅号が ”青淵” だから。雅号とは今風に言うとペンネームのこと。私の祖母はずっと水墨画を書いているのですが、絵にいつも自身の雅号を書きます。風雅な別名= 雅号。私も 雅号 欲しいです。”まりりん” なんて母のつけた愛称が通り名となってしまいましたが、本人からすると 恥ずかしくて。

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話を戻して、青淵の由来は 渋沢栄一の生家の裏手に小さな川が流れてまして、川の水は自然ろ過されて(伏流水) 美しいことから、清水川(しみずがわ)と言われていました。土中の流れは中の家の池に沸き上がり、その青い淵から、”青淵(せいえん)”。名付け親は ”藍香(らんこう)”、渋沢栄一の師であり義兄が名付けました。これまた風流な名前ですが 尾高惇忠 の雅号です。この話があってこその漢詩であり、 ”青天を衝け” なんですね。

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グーグルマップの血洗島周辺。超 見づらいのですが、青い矢印が ”中の家(なかんち)”、右下が ”尾高惇忠 生家”、左下に ”諏訪神社”、上の緑部分が ”青淵公園” です。ここに流れる清水川。今はもう青淵の池が枯れてしまいましたが、記念碑が建っています。

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参考:渋沢栄一研究者・新井慎一の講演 (動画)

渋沢栄一 と 中の家

さて、前置きが長すぎましたが ”中の家(なかんち)” へ 行ってみましょう。

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この中の家、渋沢栄一が産まれた当時の家ではなく、妹・てい 夫妻が建てた家。しかし明治25年に焼けてしまいました。

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縁側で日向ぼっこ。三段バラ・・ に見えますが、服のシワだと信じたい。

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現存の家は明治28年に新しく建てられ、渋沢栄一を泊めた西の奥の部屋には、他の部屋よりも良い材質が使われています。あっ!栄一さん?

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渋沢栄一 アンドロイド

実はこの人形、渋沢栄一のアンドロイド。

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生誕180年記念の2020年に完成しました。資金はドトールコーヒーの鳥羽会長、技術指導は 大阪大学の 石黒 浩 教授。上野の西郷隆盛像と違って、渋沢栄一は 昭和まで生きましたから、お孫さんの顔をモデルにしてアンドロイド作った、なんてことは無さそうです。そんな渋沢栄一の孫・敬三は大臣職ほか、民俗学も学びまして、彼が 渋沢栄一伝記資料 をまとめました。(敬三が大臣だったのは昭和30~40年辺り)

私が深谷を訪れた前々日の4月10日に、”青天を衝け” 主演の吉沢 亮 がアンドロイドを見に来ていたそうです。ファンが20~30人ほど詰めかけ、深谷市は大騒ぎ。日が外れてて良かったです。もう一体のアンドロイドは、渋沢栄一 記念館にあります。

金持ちの家

こちらの部屋は、正門からよく見えるところに位置します。

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金持ちあるある、錦鯉の泳ぐ池。

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上皇・上皇后 両陛下 行幸の記念樹。割と最近なので木はまだ小さいです。

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広い 敷地。

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裏側も広いです。

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中の家 敷地 と 副屋

また手書き で恐縮ですが・・ 見取り図書いてみました。

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正門 の東に 副屋(ふくや) がありましてね。藍玉の取引をする店として使われていました。服の染料を 売っていましたが、服屋ではありません。農業協同組合の場や事務所としても活用されたそうです。

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渋沢家の土蔵

金持ちですから色んな貯えがあったのでしょう、土蔵がとにかく多いです。

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ホラね。

青淵 公園

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中の家(なかんち) の裏手に出ますと、青淵公園があります。青淵公園なのか、青淵広場なのか、旅につきものなのですが、公式なのに 名前が2通りあるパターンです。現地では ”青淵広場” として紹介されていたような気がするのですが・・ 中の家パンフレットを見ても書いてないので、グーグルマップの表記”青淵公園”を採用します。 

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今、日本に必要な精神 と明治に書いた言葉を掲げてます。いつの時代も変わりませんね。

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血洗島のイケメン・渋沢平九郎の碑。

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父・晩香

とっさま・・(号泣)

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⇒心を込めて、追記します。あしからず

渋沢栄一 生地

副屋” の記事で 服屋と解きましたが、初めに門を見た時、渋沢栄一生地=”きじ” と読んでしまった私です。絹の原料や木綿の染料を製造販売していた 聖地 ですから、”生地” としても良いか~と思える表記。歴史散策をしていると、大抵は ”生誕地” ”生誕の地” としていますが、ここは偉人の生まれた地を ”生地” としています。それを基に、記事を書いてる 私。

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無事、中の家(なかんち)まで行けて良かったです。実際に見ると、想像よりも渋沢栄一の家が大きくて、どれだけのお坊ちゃまだったか 分かりました。

あとがき

楽しみにしていた 中の家(なかんち) でまずしたこと・・寝てました。

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旅だけじゃなく、書いても疲れたので、後で追記します・・おやすみなさい。

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まとめ

この記事で伝えたいこと

・中の家(なかんち)ってこんなところ
・渋沢栄一って、血洗島のスネ夫なんだぜ
・師からの声援、青淵さん
・とっさま、やっぱり偉大です(涙)
 ⇨まだ未完・執筆中(ごめんなさい)
・服屋じゃねーけどよ

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