【女一人旅】行ってみっぺ!茨城(茨城県水戸市) 徳川斉昭公 ゆかりの地を巡ってみた。

旅行と歴史

水戸で、徳川斉昭 公 に拝謁。

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本日は、水戸で 徳川斉昭公 ゆかりの地 を巡ります。どうぞよろしくお願い致します。

徳川斉昭 とは

水戸藩9代藩主。徳川15代将軍慶喜公の父であり、日本遺産の 弘道館 や 偕楽園 を創設・開園するなど、水戸の歴史に大きな足跡を残しました。

ここで 歴史の教科書をおさらいします。斉昭公は、藩政改革を行い、人材育成にも力を入れました。そして水戸学の思想を大事にしました。

水戸だけでなく幕府にも影響力のあった斉昭公は、政治の場でも活躍しました。14代将軍の後継ぎを誰にするかという問題になった際、外様大名らの後押しもあって、一橋家の養子となった正妻との間の子・七郎麿(慶喜公)を擁立しますが、井伊直弼ら南紀派と対立(安政の大獄)、政治抗争に敗れてしまいます。井伊直弼の政策を快く思わない人も大勢居て、後に暗殺されてしまいます(桜田門外の変)。襲撃したのはほぼ水戸浪士、井伊直弼は水戸藩からもかなり強い憎しみを買っていたのです。

そして七郎麿だけに? 斉昭公亡き後、7年後に慶喜公は15代将軍となり、その翌年には大政奉還、徳川の世は終わりを告げることとなるのですが・・斉昭公がそれを見ることはありませんでした。

烈公ルート

さて、水戸 推奨の ”烈公ルート” を紹介します。

⑴冠木門

⑵弘道館

⑶孔子廟

⑷弘道館 鹿島神社(分社)

⑸八卦堂

⑹土塁・堀

⑺水戸 東照宮

⑻水戸黄門助さん格さん像

約2.5km・約1時間30分 私も、この斉昭公ゆかりの地を巡ってみました!

冠木門

冠木門” とは、屋根のない門のこと。三の丸小学校 の門になっています。

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弘道館

水戸が世界に誇る、教育遺産。キラキラキラ・・

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近々、この辺に ”弘道館” 記事のリンクを貼ります ⇓

孔子廟

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孔子廟は、「神儒一致(しんじゅいっち))」「文武一致(ぶんぶいっち)」の建学精神にもとづき、鹿島神社と併置されました、廟は、孔子の出生地である中国 山東省 曲阜(さんとんしょう きょくふ) の西を向き、大成殿(たいせいでん・中国の孔子廟の本殿) を模した入母屋(いりもや)造りの瓦葺で、奥上には2種類の架空の動物(鬼犾頭または鬼龍子)が置かれています。昭和20年(1945年)の空襲で戟文(正面の門)を残して焼失し、同45年に復元されました。楷の木は、孔子の墓所に植えられたことに由来する学問の聖木です。

弘道館・鹿島神社

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ここは分社で、茨城県鹿島市に立派な本社があります。儒学を学ぶ水戸藩、その名残りで水戸には寺院が少ないんですよね。

八卦堂

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土塁・堀

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水戸藩9代藩主 徳川斉昭公は、弘道館の建設にあたり、水戸城 三の丸の改修を行って土塁と堀を造成させました。弘道館の周囲に築かれた土塁のうち、西側と北側の土塁の一部は現存しています。

この土塁は、北側にのこる土塁を活かし、「弘道館 全図」にみえる土塁を部分的に復元したものです。「弘道館 全図」にみえる土塁は、鍵の手状に折れ曲がる形をしています。これは、城郭特融の「喰違虎口(くいちがいこぐち)」と呼ばれる構造で、水戸場内にある藩校という特徴をよく表しています。

藩校当時の土塁の高さについては、現在のところ資料が確認されていないため、段階的整備として、北側にのこる土塁の高さに合わせて復元しています。

水戸 東照宮

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⑴~⑹までのエリアとは、ちょっと外れた ”水戸 東照宮”。駅から6分ほどの距離にあります。とても美しいので、ぜひ足を運んでみてください。

近々、この辺に ”水戸東照宮” 記事のリンクを貼ります ⇓

水戸黄門助さん格さん像

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言わずと知れた、水戸駅 北口にある ”水戸黄門一行の像”。

義烈館

ここは偕楽園 隣の ”常盤神社” 境内にあります。水戸駅から徒歩30分ほどの距離ですが、入口から園内や境内は広いので、ぜひバスをお使いください。2kmくらいか、へっちゃらだ♪ なんて甘く見ていたらとんでもないことになります。

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そして義烈館、中を見たかったのですが15時まででした。残念!せめて入口だけでも。

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あとがき

幕末の大河ドラマでは必ず登場する徳川慶喜 公。斉昭公はよく ”徳川慶喜公の父” と称されますが、お父さんだって凄いんです。そんな斉昭公は ”過激な人物” として描かれることが多いのですが、私は水戸へ行き、見方が変わりました。

斉昭公の大切にしていたものは、大河ドラマでも取り上げられた 義公からの ”水戸学(徳川に背く事があっても、天子様(天皇)に背いてはならぬ)” 、そして食と教育です。

◎食について

私が ”農人形” について知ったのも、大河ドラマでした。「農民に感謝し・・」と慶喜公が農民の持つ皿に炊き立てのご飯をよそります。とても印象に残ったシーンでしたが、どうやらこの精神、斉昭公から受け継いだようです。

私の父も、私に「まず食べられることをいつも幸せに思え」と教えたものですから、慶喜公とは時代も身分も違いますが、生きる上で大切なことだと私は信じています。

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そんな水戸での食事です。水戸1泊2日旅行での朝食。ホテル・みまつアネックス にて

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私にとって水戸の食べ物は口に合う物ばかりなのですが、よく考えると外国人が苦手とする ”納豆” や ”梅干し” が特産品ですよね。それと日本の食を代表する ”醤油” の味付けが主となっています。歴史散策の旅ですので、『食事においても、いてきを打ち払ってるんだなぁ・・』と笑ってしまいました。海外旅行に醤油を持って行くと、食事が辛くなくなるとも言いますね。THE・日本の味。

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そして水戸の納豆は、おおむね小粒です。私は大粒も小粒も好きですが、豆っぽさが好きなら大粒、納豆っぽさが好きなら小粒、水戸の人はより納豆らしい納豆を好むのでしょうか。私の偏見です・・(笑)。

◎教育について

斉昭公は、「心と体が穏やかでなければ、学問を立派に成し遂げることはできない」と考え、自ら設計し、天保13(1842)年に 偕楽園 を開きました。

弘道館 が学問や武芸を学ぶ場であるのに対し、偕楽園は修行(勉強)の余暇(休み時間) を利用して休業する場として ”める 公” = 偕楽園 としたのです。

中国では「学問が盛んになれば花が咲き、すたれればしおれてしまう」言い伝えがあることから、梅 を ”好文木(文学を好む木)” とも言います。 義公(水戸黄門)は中国が大好き、義公を敬愛する斉昭公も、この考え方から偕楽園に梅の木をたくさん植えたそうです。 ”食” を大切にすることから、もちろん 梅の実の収穫も期待して・・。

【参考】烈公徳川斉昭の「食」と「教育」~ (日立市)

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